セーラー服の歴史と学生コスプレについて

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セーラ服の歴史

セーラー服は、19世紀に水夫が着用する甲板衣として誕生しました。

大きな襟は、甲板上で風などの影響によって音声が聞き取りにくいときに襟を立て集音効果を得るためなど理由がありますが定かではありません。

船乗りの間で、船上でなかなか洗濯ができず、後ろ襟や背中が脂やフケで汚れるのを防ぐためというのもあります。

胸元が大きく開いて逆三角形になっているのは、海に落ちた時にすぐに服を破り、泳ぎやすくするためと言われています。

胸元のタイ(スカーフ)は、装飾としてのものですが、その起源は水兵が手ぬぐい代わりに使うためのものだったそうです。

19世紀後半から20世紀初めにかけて、子どもや女性のファッションとして流行しました。

ヴィクトリア女王が、王室ヨット乗組の水兵の制服を気に入って同じデザインの子供服を作らせ、王子達にその服を着せたからです。

海軍好きの国民性もありました。

女性のファッションにとり入れられたのは、ボーイッシュ・ブームの一環で流行したからでした。

日本もその頃にとり入れました。

学校制服としての採用

1920年、平安女学院が日本で初めてセーラー服を学校制服に採用しました。

スカート丈の長いワンピースにセーラーカラーとリボンをつけたもので、当時、学生に好評でした。

1921年、福岡女学院が上下セパレート型のセーラー服を採用しました。

エリザベス・リー校長が、3年がかりをかけて運動しやすい制服を考えて開発しました。

これが全国各地に広まっていき、日本統治していたアジア諸国などでも女子高生の制服として定着しました。

現在は「帝国主義の残滓を清算すべき」という反日感情の風潮から制服の追放も進んでいるそうです。

広まった元の福岡女学院では、現代もほとんど変わらぬ形で着られています。

女子学生=セーラー服のイメージが浸透していきましたが、1980年代に入り、制服モデルチェンジブーム(ブレザーブーム)が起こって、ブレザーの学校が増えていきました。

学生服を変えなかった学校もありますが、

ブレザーに比べて重ね着がしにくい、温度調整が難しい、古臭いなどの理由があったそうです。

コスプレではブレザーよりもセーラ服

しかし、現代のアニメや漫画などのサブカルチャーでは、ブレザーより女子学生のイメージが強いセーラー服を使われることが多いです。

コスプレ用のセーラー服が安定した売上になっているお店もあります。

コスプレとは、そのものに扮装することを言います。

日本では江戸時代から仮装がありました。

1991年には、コミケのコスプレイヤーが約200人から、1994年に約8000人に増えています。

2003年からは、世界各地の著名なコスプレイヤーを日本に招いた「世界コスプレサミット」が開催されています。

コスプレ文化によって女子学生のセーラー服が「Sailor fuku」という名で世界中に広がっていますが、服には夏服と冬服があります。

女子学生の夏服コスプレ

夏服は、上着とスカートの間に、上下セパレート型の形態をとっているため隙間ができて、女性のお腹が見え隠れするチラリズムが起こります。

冬服は、夏服に比べてチラリズムがないため、清楚で静かなイメージを持たれます。

チラリズムとは、見せるつもりがない、見えたら恥ずかしい、二つの衣服の間でちらちらと見えることを言います。

隠してる部分が見えてしまうことで羞恥心が生まれ、さらにそれを隠そうとする仕草に第三者が萌え・見えてしまったらラッキーという感情を抱きます。

女子学生の夏服のコスプレイヤーを見て、萌えやラッキーを感じるのはチラリズムを感じるからです。サブカルチャーでは、実在する服に準拠するものは少なく、独自の配色・形状のものが多いです。制服として着ていないキャラクターも多くあります。

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